「今日は雨になってしまいましたのぉ。これでは馬には乗れませんのぉ。」
しとしと降り続ける雨を見つめながら、公誉さんの口から残念そうな言葉がこぼれました。
七夕の午後でした。 「でも、夕べのホタルはすごかった。こっちにもこっちにも、あんなのは生まれて初めてです。この年になっても幸せなことに、生まれて初めてにちょこちょこ出会うんですのぉ。」
公誉さんは、もうすぐ89才になるエオ仲間の最高齢者です。
去年、たくさんのホタルが見たいと、わざわざホタルまつりが毎年行われる川へ行った公誉さん。
シーズンの終わり頃だったこともあり、5〜6匹しか見られなかったと残念がっていました。
あまりにしょんぼりしている公誉さんを見て、どうしてもホタルを見せてあげたいと、Neoとふたり、祈り続けていたのです。
エオの谷に、今年もホタルが現れてくれますように…と。
そして、七夕の前の夜…
公誉さんと大切な友Laramieを乗せた馬が暗闇を歩き始めました。
まさにその日は、ホタルの好む少し蒸し暑い曇り空の夜。
お願い!今年も現れて!
祈るようなNeoとTearとともに馬たちが歩くその林道は、願い通り、ホタルの光に包まれていたのです。
「これがヒメボタルですか…」
暗闇の馬上で少し緊張しながら、公誉さんが呟いていました。
「ホタルを見に行くというから、川へ行くものとばかり思っていましたが、山なんですのぉ。」
ヒメボタルは陸地に生息する小さな小さなホタルなんです。
それゆえ、見逃されていることも多いのかもしれません。
「昔から、ほーたる来い、ほーたる来い言うんは川におるんよ。」
「だから、川におるんかと思うとったんですよ。ホタルがたくさんおる言うから、川から湧いてくるんかと思うたら、なんとなんとここは森におるんじゃけん。あれは森ボタルいうんですかのぉ。ふしぎなんですよぉ。山の中におるんわ。あれは、エオの谷ボタルとちがうんね(笑)。」
うまいこと言うなぁ…(笑)
公誉さんの言葉は、いつもユーモアがあって、笑いがたえません。
「私も長い月日を生きてきましたけんのぉ。」
そして、Laramieに目をやり、しみじみと・・・
「良き友にも巡り会えました。」
もうすぐ、8月6日です。
70年前のその日、公誉さんのご家族は全員、一瞬のうちに灰となってしまわれたそうです。
「今年はその時のことを、話してくれと言われとるんです。」
公誉さんの話す一言一言に重みを感じながら、ただただ聞き入っていました。
そして、Tearたちには想像もつかない、悲しみと悔しさを胸に、時を重ねてこられただろう公誉さんの笑顔に、命の重さを感じずにはいられませんでした。
もう二度とそんな悲しみの時が繰り返されませんように…
公誉さんの思いが多くの人に届きますように…
今の公誉さんの笑顔が、ずっと、素敵なホタルの光に包まれていますように…
そして、公誉さんの大好きな馬たちが、少しでも心を癒してくれますように…
ただただ祈った午後でした。
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